
̶̶̶1970年代からIT関連のお仕事をしていらっしゃいますが,三洋電機で最初にIT化が始まったのはどのようなところからですか。
私が勤めていた三洋電機は,商品を組み立てるアセンブリ産業に属します。一つの製品は,数千点の部品から構成されていますが,いかに低コストで,高品質の部品を調達し,在庫管理を行うかを追求するためにコンピュータを使用したのが最初のIT化です。具体的には,個々の部品が,いつ,どのくらい必要なのかを計算する仕 組みである資材所要量計画(MRP)を導入しました。
一機種の部品が数千点に及び,しかもそのモデルも100から200種あるわけですから,その必要量を,在庫量,発注済みの量,輸送中のトラックに載っている潜在在庫など,すべてを考慮して計算するには,手作業では大変な労力を必要とします。サプライチェーン管理(SCM)の基本となる,MRPのコンピュータ導入が,私の携わ った最初のテーマでした。
̶̶̶MRPの後のIT化について教えてください。
現在では,販売計画の段階から,全体の効率を追求していく手法が用いられています。顧客が全世界に広がるグローバル化の中で,今までのMRPという部品・材料の生産部分だけの管理では不十分になってきているのです。ビジネスのサイクルが短くなり,生産・管理・販売・経理の各部門との連携が必要となり,個々のシステムではなく,統合されたものづくりと販売,いわゆるロジスティックスといわれるシステムでなければ企業では役に立たないというようになってきています。クラシックなMRPだけでなく,外部企業とのコラボレーション,海外との取引も増えていく中で,様々な製品を作るための複数の機能を持った有効なシステムが必要となっています。それらの機能をすべて満たそうとしているのが企業資源計画(ERP)システムです。現在は,このERPを各企業が導入する方向で動いて います。
̶̶̶日本企業でERP導入は進んでいるのですか。
残念ながら,日本では一握りの大企業でしか本格的なERP導入は行われていません。ERPはITの専門家から見るとすばらしい仕組みで,欧米ではほとんどの企業がうまく活用しています。それに対し日本では,欧米に比べ狭い範囲でしか活用されていません。しかし,日本企業も次々と国際的な戦略をとっているので,ERPシステムに業務形態を合わせる姿勢が見られるようになってきました。テンプレート化(※1)といって,コスト的に手頃な製品も開発されているので,これからは中小企業での導入も増えていくでしょう。
※1 テンプレート化:ソフトウェアをすぐに利用できるように形式を整え,サンプル集の形にすること。
̶̶̶ERPシステムに関わるエンジニアにはどのような能力が求められますか。
システム構築は,業務担当者とシステムを作るIT技術者との共同作業で,業務ごとに最も効率の良い方法を追求していくわけです。対顧客であれば,営業部門が特約店(※2)にいかに商品を供給するかということを最優先に考え,IT技術者がそのために必要なシステムを構築します。しかし,現在は,工場における最適化を意識しながら,顧客にいかに製品を供給するかが重要になってきており,要は,個々の業務,個々の部門の最適化ではなく,関係する部署全体の最適化を追求する必要が生じてきているのです。
昔は,いかに効果的なプログラムを作るか,またパフォーマンス的にいかに効率良くプログラムを作るかが,プログラマやシステムエンジニア(SE)に対して要求されていました。しかし,現在では,製造・販売の局面だけでなく,顧客との関係も含め,トータルに状況を捉え,どのように対応していくかが重要となります。そうなってくると,特にシステム開発者が経営について理解できていないと,利益を生む仕組みを作ることができないわけです。ERPを使えば,ある程度容易にそうした仕組みを実現できます。従って,効率の良いプログラムを作成することよりも,マネジメントや,企業全体の運営を理解してシステムを設計する能力が,システム開発者には求められます。利益を生み出せるシステムを構築するために,そうした総合的な判断能力を有する人材が求められるわけです。
※2 特約店:製造会社または販売会社と特別に契約を結んだ販売店。
――具体的な教育の内容について説明してください。
本学の学生には,業務の流れを知って,コンサルティングができる能力を身につけてもらいます。ERPの導入には,各種業務との調整が必要なので,コンサルティングや業務改善の提案をする能力があれば,企業にとっては非常に役立つ人材となります。
本学では,SAP社のERPシステムを教育・実習用として導入しています。特に「キャリア強化科目」では,SAP ERPの開発を通じて,ERP,SCM,CRM(顧客管理手法)の実践的なスキルを修得します。
しかし,単にSAP ERPを開発し使うだけならばSEレベルです。SAP社はユーザ向けの教育用プログラムをたくさん持っています。それを一人の技術者が,一つのエリア,例えば在庫管理というエリアについてだけでも講習を受けようとすると,1ヵ月半くらいで約200万円の教育費や出張旅費が必要となります。また,それはSAP社の製品を理解するための教育に過ぎず,それをいかに業務に適合させ活用するかについてまでは教えてくれません。本学では,個々の技術だけでなく,その技術をいかに経営に活用するかをメインに教育を行っています。実際に学生がSAP ERPを操作・開発することにより,ERPがどのように動き,どのような業務をサポートできるのか種々検討しながら,SCMやCRMをサポートする仕組みを実現する方法を学びます。また,代表的なSAP ERPの業務シナリオに触れて,業務の改革におけるERPの活用を経験します。
̶̶̶ 本学が育成する人材としてプロジェクトマネージャーやCIOなどが挙げられますが,これらの職種について教えてください。
企業内ではいろいろなプロジェクトが動いていますが,プロジェクトマネージャーには,コスト,クオリティ,納期などのバランスを取りながら,自分の担当するプロジェクトをうまく進める役割が課せられます。プロジェクトマネージャーは,IT(ICT)と経営の広い知識を持っていなくてはなりません。最近ではシステムの範囲が広く,いろいろな技術を用い,外部の人々,自社内でもいろいろなセクションの人が一緒になってシステム開発を行います。それらの人々を,いかにコントロールしてシステムを構築し,稼動させるかというのが「プロジェクトマネジメント」です。まずは何よりもコミュニケーション能力が求められますから,本学ではコミュニケーション能力向上のための様々な教育方法も取り入れています。
これに対して,CIOは,個々のアクティビティについてはプロジェクトマネージャーに任せますが,そのIT投資に対するリターンはどうかとか,経営に与えるインパクトはどうかということを判断します。欧米と比べて,日本の場合,経営責任者であるCEO(※3)がITに非常に疎い場合が多いので,日本企業のCIOの役割としては,いかにCEOを説得するかということが求められます。IT(ICT)が分からない人にも理解してもらえるようなコミュニケーション能力が必要となります。いずれにせよ,CIOは,現在の日本の産業界では極めて不足しており,これから本当のCIOが生まれてこないと,欧米企業と同じようにIT(ICT)を企業活動に使いこなすことはできません。
こうしたことからも,本学が育成するERPに精通した人材は,CIOになるための重要なコンピタンスを有する社会が求めている人材であるといえます。
※3 CEO (Chief Executive Officer):最高経営責任者