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特別対談

特別対談

社会のニーズに応え,時代を担い,次代をリードする

京都情報大学院大学(KCGI)の学長に2023年4月1日付で,富田 眞治教授が就任しました。富田学長は第4代となります。2010年4月に就任した茨木 俊秀前学長は,名誉学長に就任,今後も教授として講義を担当します。茨木名誉学長,富田学長に,KCGIで学ぶことの意義や,将来の情報社会を担う学生たちに向けたメッセージなどを語り合っていただきました。

茨木先生

研鑽を積み社会に与える影響を理解し,正しい方向へ導いていける人材を

茨木 俊秀 名誉学長 教授
京都情報大学院大学 第3代学長 (2010年4月~2023年3月)
京都大学工学士,同大学院修士課程修了(電子工学専攻)工学博士
京都大学名誉教授,元京都大学大学院情報学研究科長,元豊橋技術科学大学教授,元関西学院大学教授,イリノイ大学等客員研究員および客員教授
ACM,電子情報通信学会,情報処理学会,日本応用数理学会 以上4学会フェロー
日本オペレーションズ・リサーチ学会,スケジューリング学会 以上2学会名誉会員
担当科目「システム理論特論」「オナーズマスター論文」

本学の歩み

茨木京都情報大学院大学は,長谷川 亘現理事長・総長および萩原 宏初代学長たちが中心となり,日本最初にして唯一のIT専門職大学院として2003年創立,翌2004年4月に開学しました。長年にわたり産業界のニーズに応え情報処理技術者を育成してきた日本最初のコンピュータ教育機関である「京都コンピュータ学院」の伝統と実績を継承しています。開学以来,ロチェスター工科大学をはじめ海外の諸大学とのグローバルな教育ネットワークに基づいて世界最新のIT教育カリキュラムを導入し,情報系と経営系の教育を中心に,さらに経営・マネジメント教育を加味して,従来の研究大学院では育成が困難であったIT応用分野のトップリーダーを育成してきました。「社会のニーズに応え,時代を担い,次代をリードする高度な実践能力と創造性を持った応用情報技術専門家を育成する」を建学の理念としています。
萩原初代学長は,京都大学名誉教授で社団法人情報処理学会会長などを務められ,情報処理技術遺産として京都コンピュータ学院京都駅前校に展示されているTOSBAC‐3400を開発するなどコンピュータ研究のパイオニアです。第2代学長の長谷川 利治先生は京都大学名誉教授で公益社団法人 日本オペレーションズ・リサーチ学会会長などを務められ,インターネットの基礎分野開発に実績を残されました。そして私が2010年4月に第3代として就任しました。

社会の変化に伴う取り組み

富田茨木先生が学長を務められていた間,社会,特にITを取り巻く環境は大きく変化したと思いますが,本学の建学の理念に基づいて,様々な取り組みを成されたと思います。特に注力されたことや印象に残っておられるのはどういったことでしょうか?

茨木本学のカリキュラムも時代の変化に合わせて進化し続けています。以前はビジネスを学ぶために米国にまでMBA(経営学修士)を取りに行くというケースが多々ありましたが,本学では,「ITと経営をバランスよく学ぶ」というコンセプトに基づいて教育していますので,課程を修了することによって情報技術修士(専門職)の称号を得ることができます。初期の頃は「ウェブビジネス技術コース」と「ウェブシステム開発コース」の2つがあるだけでしたが,社会におけるITの重要性と複雑性の高まりを反映して,何度もコースを改編してきました。
2018年にはコース制を廃止し,いくつかの専門分野を設けました。現在,▽人工知能▽データサイエンス▽ウェブシステム開発▽ネットワーク管理▽グローバル・アントレプレナーシップ▽ERP▽ITマンガ・アニメ▽観光IT,の8つの専門分野があり,さらに特定の業界における専門・周辺知識,技術の実践的活用を念頭に置いた,▽金融▽農業▽海洋▽医療・健康▽コンテンツマーケティング▽教育▽ゲーム,からなる産業科目群を設けています。また,修士課程修了にあたり,全員がマスタープロジェクトを実施するという体制になりました。
これらのカリキュラムの検討では,富田先生に大変ご尽力していただきましたね。

富田私は2017年秋学期に本学に入校しました。茨木先生が学長時代の6年半ご指導ご鞭撻を受けました。本学に入ってまず「コンピュータ構成論」の講義を担当しました。本学の学生は様々なバックグラウンドを持っており,文科系の学生も多い訳です。私の担当科目は理系の科目なので,一定レベルの基礎数学の知識がないと講義についていけません。そこで,茨木学長のご支援を受けながら,多数の先生方の協力を得て,「数学教育検討会」を立ち上げ,本学の学生に合致した基礎数学科目「応用情報技術のための数学」,「ITのための統計学」を2019年度に新設し,また人工知能の科目の新設を見据えて少し内容の難しい「人工知能のための数学」も新設しました。
そのような検討の中で,「人工知能」を専門分野として加え,2021年秋学期から正式にスタートさせていただきました。本学で人工知能専門分野が広告塔になれるように,カリキュラムを策定し,立派な教員を大学や産業界から揃えました。大変な仕事でした。これに伴って従来のビジネスデータアナリティクス専門分野をデータサイエンス専門分野に名称変更しました。
修士(マスター)論文の作成は修士課程学生の育成にとってなくてはならないものです。2019年秋学期までは4~5名でチームを組んで修士論文を作成し,公開のプレゼンテーションを行っていました。しかし,チーム構成では各学生の担当部分や貢献度が不明確であること,学生のバックグラウンドが様々であり,一律の基準で評価できないこと,などの理由で,長谷川総長や茨木学長の指導の下で現行制度に変更されました。これをマスタープロジェクト(MP)と呼んでおり,学生一人一人がマスタープロジェクトとしての論文を提出します。学生のバックグラウンドが異なることを考慮に入れ,またMPに費やした時間数(セメスタ数。もちろん時間数に応じた質)に応じてマスタープロジェクトをMP-0,2,4,6の4つのクラスに分けてあります(数字は単位数を表す)。MP-0,2は講義科目内容の延長的な課題,MP-4,6は研究開発的な課題を含んでいます。特にMP-6は6単位の科目(3セメスタ分の研究が必要)で,学会での発表論文に匹敵するような成果を期待されています。
教務関係のここ数年の活動では,MP履修に関する詳細なガイドブックの作成,学生の優秀論文などに対する表彰規定,講義録画の原則義務化,教務関係における学生の不正行為に対する懲罰規定,などを文書化し,教職員,学生に周知させました。また,シラバスも全科目で形式の統一化された分かりやすいものにしました。
私は2017年の入校後,2018年副学長,2023年に学長に就任しました。副学長時代に担当した京都市の「保健所跡地」の競争入札を近接する大規模研究大学に打ち勝って成功裏に落札し,2022年秋学期に新校舎の落成,2023年春学期より本格的に講義開始をしたことは感無量でした。新校舎には音楽の生演奏のできる音響設備の整った大教室,教職員・学生の懇親の場,来賓の接待などに利用できるラウンジなど,他大学に無い設備が装備されています。
2023年には京都コンピュータ学院創立60周年,京都情報大学院大学創立20周年を迎えました。開催された創立記念式典では,本学の教育理念の先見性,パイオニア精神などにあらためて驚いた次第です。関連イベントとして,国連主催のIGF(Internet Governance Forum)の京都での開催などが続きました。KCGグループとしてはこのような国際イベントへの参加は初めてにも関わらず,最終的には成功裏に終わらせることができました。教職員の皆さんには阪神タイガースのような底力を見せていただきました。

定員が11倍に

茨木本学の学生数は,2004年開学当初はわずか80名でしたが,日本だけでなく世界中から本学へ様々なバックグラウンドを持った方が入学してくるようになりました。その結果,2024年度からは1学年880名となり,開学から20年間で11倍にまで増加しました。学生数が大きく増えた理由として,外国から留学生が多数入ってきたことが挙げられるでしょう。主な国は,中国,ネパール,スリランカ,バングラデシュ,ベトナムなど,全体では世界中の約30カ国に上ります。この間,100 以上の海外の大学と積極的に提携関係を結び,また,札幌と東京にサテライトを設けています。留学生と一緒に勉強することで,国際感覚を磨くことができるのが,本学の大きな特長の一つです。

富田本学には日本語モードと英語モードと呼んでいる履修制度があります。英語モードは英語で開講される科目のみを履修して修了できるコースです。近年,日本語モードと英語モードを履修する学生数が半分ずつになってきました。ネパールなどからの留学生が増えて,彼らが英語モードで履修するためです。日本語モードと同様に英語モードの科目や教員を揃える努力を今後一層進める必要があります。
様々な国からの留学生が本学に集い,彼らが世界のあちこちで同窓会などを通して連携しつつ活躍して初めて真の国際化が達成できます。旧国立大学では留学生の比率を20%以上にしようとしていますが,まだ緒についたばかりで,本学が国際化の点では1歩も2歩も先を進んでいます。
留学生の増加は本学のユニークさがインターネットを通して知られるようになったことはもちろんですが,アジア圏での提携校との連携強化や拡大など地道な努力の結果に負うところが大きいと思います。
また,同窓会については,個人情報保護法の影響からか活動が下火になっていましたが,2023年12月に「活性化委員会」を発足させています。KCGの卒業生を含めると5万人以上の卒業・修了生がいますが,修了生の連携を深めることは大変メリットのあることと思います。コロナ感染症の拡大でZoomでのオンライン講義が一般化されました。学生数が増えることは結構ですし,Zoomでのオンライン講義にはメリットも多いのも事実です。しかし,対面講義に出席する学生が少ない授業もあります。教員と学生のコミュニケーションが希薄になることを非常に心配しています。

チャレンジングな時代,
学生諸君は研究や学習の楽しさをぜひ味わって

富田先生

富田 眞治 学長(2023年4月~)
応用情報技術研究科長 教授
京都大学工学士,同大学院博士課程修了(電気工学専攻),工学博士
京都大学名誉教授,元京都大学大学院情報学研究科長,元京都大学総合情報メディアセンター長,元京都大学物質-細胞統合システム拠点特定拠点教授/事務部門長,元九州大学教授,
元ハルピン工業大学顧問教授
博士課程教育リーディングプログラム委員会複合領域型(情報)委員,IFIP(国際情報処理連盟)TC10委員,情報処理学会理事,情報処理学会関西支部支部長,京都高度技術研究所客員研究部長,京都府ITアドバイザリーボード委員,総合科学技術会議専門調査会,「エクサスケールスーパーコンピューター開発プロジェクト」評価検討委員会委員,京都府情報政策有識者会議委員長など歴任,電子情報通信学会フェロー,情報処理学会フェロー
担当科目「コンピュータ構成論」「オナーズマスター論文」

今後の社会のニーズに向けて

茨木最近は,社会の変化を反映して,AIやデータサイエンスなどを学びたいという学生が多く,それに対応して,関連の専門分野を設けています。もう一つ考えなければならないことは,ITは我々の生活を大変便利にしたものの,その一方で負の脅威にもなり得るということです。日ごろ悩まされるスパムメール,外から勝手にコンピュータに侵入して来るコンピュータウイルス,それらを利用したプライバシー侵害,コンピュータ犯罪,さらにはサイバーテロなど,小規模なものから大規模なものまで,対応を間違うと大きな災害を引き起こす可能性があります。これらとどう対峙していくかが問われています。富田先生は,今後ITに関する社会のニーズがどのように変化していくと予想されていますか?

富田ここしばらくは生成AIのようなシステムの人工知能の様々な分野への応用が急速に進むと思います。巨大IT企業は1兆円規模の猛烈な研究費をつぎ込んで研究を行っています。2005年にレイ・カーツワイルが,シンギュラリティ(技術的特異点)が2045年に到来し,人間より賢い,意識を持つ人工知能が出現し,人間の大半の仕事が無くなるなどと予測をし,大変物議を醸しました。たぶん嘘だろうと思っていましたが,2022年Chat GPTなどの生成AIが利用可能になると,AIに対する大変な期待と不安が入り交じり,使用を一時禁止したりした国が出たり,2023年5月に開催されたG7広島サミットでも直ちに取り上げられ,7月の国連安全保障理事会でグテーレス事務総長が「人類存亡のリスク」に言及し,世界共通のルール作りを訴えたりしました。このような国際舞台で科学技術が緊急に議論されたことはかつてありません。人工知能のインパクトを各国の首脳が認識している証左です。
生成AIの利用について,著作権,個人情報,フェイクニュースなど多数の解決すべき問題点がありますが,私が最も危惧しているのは,利用の方法を誤ると,人間の思考力が衰退するのではないか,ということです。私がWordなどの文書作成ソフトウェアを使用し始めたのは1980年代半ばです。日本ではかな文字を入力し,それを漢字に変換する方式で文書作成を行いますが,40年近く経過して,漢字があまり書けなくなってきています。自分の名前も書けなくなるのではないか,と心配しています。
しかし,生成AIなどの人工知能ですべてのことが解決できると思われがちですが,2024年元旦に起こった能登半島地震では230名以上の方が亡くなられ,いまだに多数の方が行方不明のままです。富岳などのスーパーコンピュータでもっと早く地震被害の情報把握ができそうに思いますが,そうはなっておりません。スーパーコンピュータで利用する地形,地層などのビッグデータがないからです。地震学者の先生は地震が起こった後で説明されることになるわけです。津波などは起こってから実際に到達するまでかなりの時間差がありますので,「超」リアルタイムで津波の到達以前に被害状況を予測できなくてはなりません。人工知能を活かすためには,様々な観測機器の開発や設置とともに災害のモデリングも必要です。
また,羽田空港で起きたJAL機と海上保安庁機の接触事故では,人工知能システムが管制官,機長の間で有効に機能しませんでした。人間と連携し,安全なシステム構築の面でまだまだ人工知能システムは未熟です。人間と人工知能の連携の在り方をもっと研究しないといけないと思います。インターネットを利用してビッグデータを容易に取得できるビジネス系での人工知能は有益ですが,それ以外での応用をもっと考える必要があると思います。
今後の人工知能の研究開発では「脳科学」との連携が重要な課題となるような気がします。人間の脳は人工知能の多層のニューロンモデルとは全く構造が異なりますし,また人工知能の導き出した結論の「思考」過程もブラックボックスのままです。また,人工知能がアプリケーションプログラムさらには自分自身を書き換える時代が来るかも知れません。そのような場合には,人工知能は「正当性」を証明できなければなりません。

茨木そのような中で,今後本学が果たしていくべき役割はどのようなものでしょうか。

富田コンピュータは1950年代のいかに作るかというコンピュータ工学(Computer Engineering),1970年代のどのように問題を解かせるかというコンピュータ科学(Computer Science),1990年代のいかに超高速・省電力で計算させるかという計算工学(Computing Science)や世界中に遍在するコンピュータをいかに結合させるかというネットワーク工学(Network Engineering)などを総合した科学技術として発展し,2000年代以降,広域・大量・良質データをいかに収集,蓄積し,知的な意思決定に役立てるかという人工知能・データ科学(Artificial Intelligence / Data Science)へと今日発展進化してきています。それぞれの時代に非常にホットなチャレンジングな研究開発がありましたし,また停滞期もありました。
1970年前後には,オペレーティングシステムUNIX,プログラミング言語C,構造化プログラミング,インターネットの原型となったARPANET,1kbit DRAM,4ビットマイクロプロセッサIntel 4004など,綺羅星のごとく新しい技術が実用化されてきました。私の20歳代後半はちょうどこの時期に当たり,研究は何をやっても非常に楽しく,わくわくとした時代でした。
今の時代は私が経験した1970年代と同様にわくわくしたチャレンジングな時代であり,学生諸君にも私と同様に研究や学習の楽しさをぜひ味わってほしいし,そのような教育をしていく必要があると思います。

将来の教育体制に寄せて

茨木本学はITの専門職大学院ではありますが,理系,文系にとらわれないで学生を受け入れ, ITの専門知識だけでなく,ITが応用される広い分野で活躍できるように,様々な専門分野に加え,広範な産業分野についての科目も提供しています。大学を卒業されたばかりの方はもちろん,すでに実社会で活躍しつつキャリアアップを目指している社会人,海外にありながら日本での勉学に興味を持つ留学生,このような方々の入学を心から歓迎いたします。本学はITの研鑽を積みながら,それが社会に与える影響を十分理解し,正しい方向へ導いていけるような人材を育てたいと願っています。本学の修了生が,本学を巣立って,社会の広い領域で活躍することを期待しています。

富田今日混迷した時代になっており,このような時代をいかに生きるかが問われています。このような視点からの教育が必要となっています。
本学の研究科の名前は創立時から「応用情報技術研究科」となっており,経営学など文系の専門分野も一部含みますが,理系に分類されています。
日本の教育では理系と文系に分けることが暗黙裡になされており,また,大学入試でも理系,文系の入試科目が異なるため,小学校時代から算数嫌い,理科嫌い,人文社会科学の軽視など様々な弊害を生んでいます。このため近年文理融合やリベラルアーツの重要性が叫ばれるようになってきています。
2023年にNTTと京都大学の出口康夫教授が共同代表で「京都哲学研究所」を立ち上げています。AIの進化や深刻な分断によって価値の多層化が進む社会に対応した哲学を打ち立てるのを狙いとした学際的な研究所のようです。大学はもちろん産業界からの賛同も多いようです。本学でも高等教育・学習革新センター(センター長:土持ゲーリー法一副学長・教授)で文理融合やリベラルアーツの検討を進めていただいておりますし,音楽を中心にした「芸術情報」などの専門分野も魅力的ではないかと長谷川総長も検討をされています。ここまで行くと本学の大改革になりますが,将来の本学の教育にとって避けて通れないでしょう。チャレンジングな時代,学生諸君は研究や学習の楽しさをぜひ味わってほしいし,本学はそのような教育をしていく必要があると思います。