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学長挨拶

京都情報大学院大学学長 応用情報技術研究科長

寺下 陽一Yoichi Terashita

京都情報大学院大学学長 応用情報技術研究科長 寺下 陽一
  • 京都大学理学士,(米国)アイオワ大学大学院博士課程修了(物理天文学専攻),Ph.D.
  • 京都コンピュータ学院上級教員,金沢工業大学名誉教授,元国際協力事業団派遣専門家(情報工学),元京都コンピュータ学院洛北校校長,京都コンピュータ学院京都駅前校校長
  • 担当科目「オナーズマスター論文」

社会変革に関わるAIの台頭 適切に対処できる人材に!

京都情報大学院大学において情報技術(IT),ビジネスを勉強しようと大きな期待を持って入学を志願される皆さん,2025年は,人工知能(AI)の新展開初年であると多くの識者は論じております。電子計算機というものが1940年代半ばに登場して以来,この新しい技術は,「電算化」,「OA化」,「情報化」,「IT革命」,「DX改革」など様々なバズワードが用いられ,その社会的意義が議論されております。しかし,AI化に関しては,その人間社会へのインパクトが今までとは異なり,一段高レベル・高機能の社会変革に関わるものとして取り上げられております。

Yuval Noah Harari氏は最新著作「Nexus」において,人工知能(AI)がもたらす影響は,その有用性よりもむしろその人間社会に対する脅威が問題であるとして,人類学的,歴史学的,社会学的,心理学的な見地からの緻密な考察を展開しております。Harari氏によるとAIという技術が脅威として人間社会に否定的なインパクトを与え始めている,しかしその能力増強は止めることはできない。それでは,人間社会はどのように対処すればよいのかという政治学的,社会学的な方策について述べております。

言うまでもなく,AIは情報技術の究極的なアプリケーションの一つということができます。ただし,他のアプリケーションと大きく異なるのは,Harari氏が言うようにこの技術が人間社会に与える影響の大きさと質であります。京都情報大学院大学は,応用情報分野の広い範囲から専門分野として,人工知能,データサイエンス,ウェブシステム開発,ネットワーク管理,グローバル・アントレプレナーシップ,ERP(企業基幹システム),ITマンガ・アニメ,観光ITを設置しています。いずれの専門分野においても,AIをどのように活用していくのかは,考えていかなければなりません。AIが台頭してきたこの時点において,我々KCGグループではAI に関わる様々な技術・理論を,今後,どのような哲学で,どのような手法,カリキュラムに基づいて指導すべきか,慎重に検討しております。急速な成長を続ける京都情報大学院大学としては世界各国から教員を招き,最先端の知見を採り入れたカリキュラムで情報技術教育を実施し,今後のAI化に適切に対処できるような修了生を世に送り出すことを重要な使命であると考えております。

AIは従来型の情報技術教育に基づき発展してきた一つの成果です。ビジネスにおける膨大なデータのやり取り,それらの処理や分析,最適な解(ソリューション)の決定などを従来式の人的操作をはるかに超越する速度で行います。医学の分野では画像診断などで,高い精度で精密な診断ができるようになっています。言い換えると,人間の左脳機能に対応する仕事には非常に優れているということになります。

一方,AI(或いは情報技術一般)は,人間の右脳に対応する機能(意識),すなわち情緒,倫理感,愛情などに関しては全く無力です。例えば,音楽を聴いた時の感動,物事に関する善悪の判断などを把握し処理することはできないわけです。これがAI技術の今後の発展を考える際に,重要かつ深刻な課題となっております。これを解決できなければ我々人間は安心してAIを利用することができません。AIの暴走により,人間社会が破壊されることも十分起こり得るわけであります。このような悪夢を解消するためには,AIに自己補正機能(self-correction)を持たせ,AIが導き出した結論などが果たして倫理的に正しいことなのかを判断し,もしそうでなければ,その結論を補正する機能が不可欠になります。しかし現在のところ,これは実現しておりません。

これからの情報技術者は技術一辺倒の人間であってはいけません。情報技術の発展が人間社会にどのような影響を与えるのか,常に考えながら仕事を続けなければならない,自分たちの開発しつつある新技術(AI)が人間社会の福祉に貢献できるかどうかを常に考えなければならないのです。
ただ一方で,AI技術が人間社会にどのような影響を与えるかは,その利用者(政策決定者,企業の経営者など)の責任であって技術者ではないという考え方もあるかと思いますが,これは正しくありません。なぜなら,技術の内容を熟知しているのは技術者であって政治家や経営者ではないからです。AI開発における技術者の役割はこれからますます重要になってきます。

原子爆弾が発明され,実際に使用され未曽有の悲劇が起こったのは今から80年前のことです。この原子爆弾開発事業(いわゆるマンハッタン計画)ついては,映画「オッペンハイマー」にその実態が物語となっており,劇中では技術者と政策決定者との間の厳しい葛藤が取り上げられています。ところがどうでしょう,悲しいことに,80年もたった現在でも,まだこの核技術というものの管理が適切に行われず,逆に悪い方向に進んでいるともいえるのはどうしても理解ができません。これは技術者の責任でしょうか? それとも政策決定者の責任でしょうか? 人間社会全体の責任でしょうか? 本学で学ぶ学生諸君は常にこういった問題を考えながら情報技術の修得に努め,複眼的思考を持った高度IT人材として社会に飛び立っていただきたいと思います。