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オンラインにおける反転授業~授業デザインを考える~(2020/11/11)

『教育学術新聞』2020年11月11日

はじめに

新型コロナウイルス感染の影響に対して,各大学の対応は様々だが,「応急措置」で乗り切れたのはさすがである。慌ただしかった春学期オンライン授業を終え,秋学期に向けてどのような授業形態にするか熱い議論が交わされている。拙稿「ウィズ/ポストコロナ時代の授業のあり方~どう変わり,どう対応するか~」本紙,令和2年9月9日付号)で紹介した早稲田大学田中愛治総長の基調講演からも,教員がオンライン授業を経験したことでこれまで消極的だった反転授業にも関心が向けられるようになったことが分かる。

反転授業とは何か

反転授業とは,知識の獲得のための時間と知識の応用や発展のための時間を授業内外で組み合わせて行う授業形態のことである。そのため,すべてをオンラインで実施することも可能である。一方,まだ誤解もある。たとえば,授業コンテンツをLMSにアップロードして学生に事前学習させることだと考えている教員もいる。それも反転授業の一つであるが,それでは教室内授業の活性化につながらない。もし,それが反転授業の主たる目的だとすれば,学生は事前に授業コンテンツを学習するのみで講義に積極的に参加しないことも考えられる。反転授業の目的は,それを教室内の双方向アクティブラーニングにつなげることでなければならない。

最近,ハイフレックス(HyFlex:Hybrid-Flexible)型授業という言葉を耳にする。これは学生が同じ内容の授業をオンラインでも対面でも受講できるものである。教員は対面で授業を行い,学生は自身の状況に応じて対面授業を受講するか同期双方向型のオンライン授業を受講するかを選ぶことができる。(詳細は,https://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/connect/teachingonline/hybrid.phpを参照)

反転授業のためには新たな教授法が必要

「ハイフレックス型授業」のような新しい授業には,FDの導入が欠かせない。どのようにすれば学生のモチベーションを引き出せるか,教員の教授法が問われる。

反転授業に関する考えは多岐にわたる。授業コンテンツを重視する教員は,学生が事前にコンテンツを学習して授業に臨むことを期待するが,この方法は教員にも学生にも「不満」が残る。なぜなら,アクティブラーニングにつながらないからである。授業の「醍醐味」は,事前学習を教室内で議論することにある。反転授業が新しい教授法だと考える教員もいる。たしかに,反転授業という言葉が頻繁に聞かれるようになったのはインターネットの普及と無関係でない。それはハイブリッド型あるいはブレンド型授業として導入された経緯から明らかである。一方,大学には「指定図書」という制度があり,これも教室外学習を促す「反転授業」の一種と考えることができる。アメリカでの反転授業の起こりはリメディアル的な要素が強く,授業でわからないところを教室外学習で補習させる狙いがあった。特に,初等・中等教育にはその傾向が強いが,大学における反転授業はそれだけではいけない。

反転授業のための動画作り

反転授業には,授業前に学生のモチベーションを高め,アクティブラーニングを誘導する狙いがある。退屈な長いコンテンツよりも,短い動画の方が効果的であるから,事前学習のための動画作りが欠かせない。筆者は,動画作りを映画の「予告編」のようにインパクトのあるものが良いと考えている。「予告編」を見て,映画が見たくないようでは「愚作」である。換言すれば,短い動画を視聴して,授業に出たいというモチベーションを喚起するのが狙いである。

それでは,どこで授業コンテンツを学ばせるか。授業コンテンツはLMSにアップロードして学生がいつでも必要に応じて視聴できるように備えておく。そのうえで,教員はコンテンツの中から授業単元に必要な課題を取り上げ,短い動画を作成するという「二重」手間がかかる。

具体的にどのような動画作りが望ましいだろうか。そのためには「授業デザイン」が欠かせないのである。授業でどのような演習や実験を計画しているか,議論のために何が必要かなどを「逆向きデザイン(バックワードデザイン)」して動画を作成すると良い。したがって,自ら描いた授業デザインへの「問いかけ」が必要である。

「授業デザイン」の世界的権威者ディ・フィンク博士は,筆者との対談「ディ・フィンクと土持ゲーリー法一のFD対談」(主体的学び研究所HP動画)で,反転授業は教室内演習を円滑にするためであると述べている。フィンク博士は,シラバス作成にも授業デザインが重要であることを強調し,シラバスは授業デザインの一部であるとしている。筆者は,先述の本紙論考9月9日付号)で「With コロナの授業デザイン」と題して,「ハイブリッド型のシラバス」図表を紹介した。そのなかでは,①学習行動,②教授戦略,③学習者と教員の関係,④評価,⑤学習環境の5項目をあげて,オンライン授業との関連性を考慮することを提言した。すなわち,授業デザインにはあらゆる側面を熟慮する必要があり,単に反転授業のことだけではいけない。そのうえで②教授戦略で「オンラインで反転授業は可能かどうか」を自らに問いかけている。

反転授業は「文系」と「理系」とで対応が違うのか,あるいはどちらがより効果的なのかなど素朴な話題を耳にすることがあるが,これはあくまでも「ツール」である。したがって,どちらも同じように効果的であるし,教室内で演習や実験の時間を多く確保したい教員にとっては,反転授業のメリットがさらに大きいことになる。

春学期オンライン授業が終わり,学生から重要なフィードバックがあった。その中からいくつかを紹介する。「周りが静かで,誰(で)も邪魔にならない場所で授業を受けるの(が)受講の質量が高くなる。多くの人がいる教室で予想外の状況も発生する可能性があるので,オンライン授業は対面授業より集中できると思う。(男子院生)」「学校が提供している一斉授業にはたくさんの欠点もあります。学習のスピードや発達段階には個人差がありますし,同じ内容でみんなが同じ程度に学べるわけではありません。(男子院生)」「オンライン授業には通常の授業とはまた違ったメリットがあり,その恩恵により,新しい学習スタイルによって様々なことを学べる環境が構築されているのです。(男子院生)」

下図のように,「反転授業」のコンセプトマップを描いた院生もいる。「50分」との表示は作成に費やした時間である。

「反転授業」のコンセプトマップ
出典:京都情報大学院大学院生 瀋哲昊

オンライン授業と反転授業の課題

オンライン授業の一環として反転授業が注目されると,「猫も杓子も」とばかりに教員研修に熱が入るが,教員研修だけでは片手落ちである。なぜなら,反転授業の影響を最も受けるのは他でもない学生だからである。学生は反転授業について教員と同じくらい「事の重大さ」がわかっているだろうか。なぜ,オンラインでも反転授業が必要になるのか。教室内授業との関係はどうあるべきなのかなど,大学は学生に対しても反転授業について周知徹底する必要がある。筆者の京都情報大学院大学では秋学期がはじまったら,院生に反転授業の説明会を予定している。

反転授業には課題も多い。教室外学習を重視する「反転授業」をどのように成績評価に反映させるか。教室外学習が成績評価に加味されないことを学生が知れば,その効果は半減する。したがって,反転授業における教室外学習は教室内授業と同じであるとの評価システムが必要であり,それを考慮した授業デザイン作りが喫緊の課題である。

筆者もオンライン授業をZOOMで経験した。ZOOMは対面授業ができるということで大学側も強く「推奨」した。しかし,それは学生がマイクやカメラを「ON」にすることを「前提」にしたものである。ところが,実際,多くの学生は両方とも「OFF」にして「沈黙は金なり」と素っ気ないものもいた。同じような悩みを抱く同僚もいたが,学生にONを強要することは「プライバシー」に関わるのではと躊躇した。ところが,今回の履修生からのフィードバックには驚きのコメントがあった。たとえば,「ZOOMを使用した同期型オンライン授業の強みは,チャットや音声通話を通して先生―学生・学生―学生のやり取りがリアルタイムで可能なことです」としたうえで,チャットの問題を解決する2つの方法を提案した。「1つは,学生のカメラONを義務付けた上で,音声での応答をメインとし,チャットはあくまで補助とする。2つ目は,ZOOMの標準機能である『挙手ボタン』を押した学生を先生が当て発言権を与えるというものです。これで学生の授業参加率自体も上がると考えます。(男子院生)」まさしく,授業改善は学生から学ぶ(‟Learning from Students”)ということである。

おわりに~アメリカの事例から学ぶ

新型コロナウイルス影響下で対面授業にするか,オンライン授業にするか,それとも二つを併用したハイブリッド型授業にするか,各大学,各地域,そして各国においても対応が分かれている。したがって,これがベストという選択肢はない。それでは,新型コロナウイルス脅威が過ぎ去るまで指をくわえて傍観するというのか。そこで参考になるのが,アメリカの事例である。

周知のように,1995年ころ,アメリカを中心に「学習パラダイム」への転換の旋風が巻き起こった。伝統的な「教育パラダイム」からの転換を迫ったものである。「パラダイム」とは,『広辞苑』によれば,「時代に共通の思考の枠組み」とあるように,それを転換させるエネルギーは,教育の分野における今次の新型コロナウイルス脅威にも匹敵する。アメリカの大学では,これをCTL (Center for Teaching and Learning,教育・学習センター)を充実することで乗り越えることに成功した。それまでは,CT (Center for Teaching, FDのこと)であったものに,新たにLearningを加えた。ポスト・コロナ時代に対応するにはFDではなく,CTLのような「教育・学習センター」の設置が欠かせない。なぜなら,この「危機」は大学全体で乗り越えなければならない緊急事態であるからである。

2008年,大学設置基準の改定にともない,FD(Faculty Development)が義務化され,各大学でさまざまな研修が行われた。これは教員を中心としたもので,「学習パラダイム」に対応しなかったどころか,世界の動向に「逆行」していたことが明らかである。今こそ,学生のEngagement(関与)を取り込むための議論を大学全体で共有する必要がある。そして,大学における「CTL義務化」を推し進めることが国の喫緊の課題であろう。