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エデュケーショナル・ディベロッパーの資質~教職員に適した専門職かどうかを測るバロメーター~(2021/06/02)

『教育学術新聞』2021年6月2日

はじめに

新型コロナウイルス・パンデミックの影響で,オンライン授業への変更を余儀なくされた多くの教員が「手探り」状態で危機を乗り越えたが,これからのニューノーマル時代を考えると不安が募る。

そのような状況下で,文部科学省は「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」について,令和2年度第3次補正予算を計上したことが,高等教育関係者に注目されている。その背景には,「デジタル活用に対する教育現場の意識が高まっているこの機を捉え,教育環境にデジタルを大胆に取り入れることで質の高い成績管理の仕組みや教育手法の開発を加速し,大学等におけるデジタル・トランスフォーメーション(DX)を迅速かつ強力に推進することにより,ポストコロナ時代の学びにおいて,質の向上の普及・定着を早急に図る必要がある」との考えがある。

筆者は,拙稿「オンラインにおける反転授業~授業デザインを考える~」(本紙,2822号令和2年11月11日付)で,オンラインにおける授業デザインの必要性を強調するなかで,教育・学習センター(Center for Teaching and Learning, CTL)の設置を提言した。しかし,この説明は不十分であった。なぜなら,「職務内容」について言及していなかったからである。すなわち,センターの職務に従事する「エデュケーショナル・ディベロッパー(EDer)」をどのように確保するかという点が欠落していた。日本でCTLを設置する大学はまだ少なく,多くはFD委員会で対応している。委員会委員は各学部・学科を代表して約2年任期で交代する。言うまでもなく,FDは「継続」することに意義がある。日本でCTLの設置が遅れている理由として,予算や設備のほかに専門家リクルートの困難があげられる。

オンライン授業,ハイブリッド型授業,ハイフレックス型授業など,新しい授業形態が目まぐるしく導入されるなかで,教員がどのように対応していけば良いのか困惑している。小手先だけでは乗り切れない限界にきている。この分野における専門職教員が必要なことは,危機に直面する現状からも明らかである。

NHK WEB特集「授業どうなる?アメリカの大学新年度」(2020年9月17日)によれば,ミネルバ大学では,新型コロナウイルスの感染拡大とは関係なく,立ち上げ当初の2014年からすべての授業をオンラインで実施している。同大学アジア担当責任者ケン・ロスは,「対面授業をそのままオンラインで行うだけではつまらない。オンラインで主体的に参加してもらうためには,授業の内容はもちろん,教え方も大切だ」と強調し,教授法も重要であることを示唆している。

日本では,「ファカルティ・ディベロッパー」と呼ぶことが多い,この呼称はアメリカでは「通用」しない。なぜなら,ファカルティ(教授職)は,この分野における卓越した研究者であるとの自負が強いため,彼らはさらに開発(ディベロップ)されるということには抵抗を示し,逆に,反発を招く恐れがある。たしかに,教授職の地位はエスタブリッシュされ,研究業績もあるかもしれないが,学生への教育という点では経験的に乏しい面もある。そこで,EDer(教育開発者)という新しい名称に変わったという経緯がある。

EDerの養成

それでは,誰が,どこでEDerを養成するのか。養成する専門職大学院はあるのか。また,どのような業績や経験があれば,EDerになれるのか。筆者は,このような質問を受けることがある。日本にもアメリカにも,EDerを養成する大学院やそれに付随した学位はない。あくまでも自己研修による経験にもとづくもので,「教授開発学」のような学位は,管見の限り存在しない。

にもかかわらず,北米ではEDerという専門職の地位は確立されている。それはなぜか。Eder,日本では大学教員が兼ねることが多いが,北米では教員と職員の「中間」に位置する専門職教員が担当する。「教員」としたのは,センター専従スタッフは授業も兼担することが半ば義務づけられているからである。そうでなければ,教員からの授業に関する相談に応じられないのである。これは図書館スタッフについても同じで,司書が図書に関する授業を担当する。基本的には,修士号を取得することで,大学で教えることができる。教授がセンター長を兼ねることが多いが,これは学部所属の教員であってセンター専従ではない。

EDerは,教育学関連の専門家でなければなれないということはない。「教員」としての経験は不可欠であるが,専門分野は問わない。初等・中等教育レベルの教員経験で十分である。

EDerの資質

明確な資格基準がないので,EDerの適性判断は難しい。北米の大学,とくにカナダの教育・学習センターを視察した「経験知」によれば,「圧倒的」に女性の専門職教員が多いのである。これは,日本とは対照的である。その理由を尋ねたことがある。すると,EDerは「ヘルピングサービス・プロフェッション」の領域に属するので,女性の対応の方が好まれる傾向にあるとのことであった。

図表は,「EDerの資質」をまとめたものである。これは,EDerの国際的なコンソーシアムICED(The International Consortium for Educational Development)2008年大会で,「EDerの能力~『ワールドカフェ』を用いた対話の育成」(Competencies of Educational Developers: Using ‘World Café’ to Foster Dialogue)と題したラウンドテーブルで取り上げ,集まったEDerの意見を出し合って作成したものである。

当時の担当者の「経験」にもとづくものだから,現在のニーズとは若干異なるところがあるかも知れない。

1)特性・特徴として,共同作業ができること,情熱的かつ責任感が強いこと,忍耐強く,持続性あること。2)リーダーシップ能力として,管理能力,奉仕能力,指導力,コーチ力があること。3)技能として,ワークショップを促進できるスキルやティーチング・スキルがあること。4)知識として,学習理論の知識,グループダイナミックス,カリキュラム開発理論がわかること。5)職場学習として,自己啓発,省察的実践,メンターリング&コーチングができること。6)能力として,計画・実施プロジェクト(プロジェクトマネジャー),プログラム評価,有能な相談者,効果的コミュニケーションなどの特徴を有すること,がそうである。

エデュケーショナル・デベロッパーの資質
出典:Dowson & Bristall, EDC, 2008 February.
拙著『ラーニング・ポートフォリオ~学習改善の秘訣』(東信堂,2009年)44頁

初歩レベルとは別に,「シニアレベルのエデュケーショナル・ディベロッパーの資質」というものもあり,高度な「博士」学位を求めることもある。そこでは,「知識」「技能」「能力」の三つの領域に絞り,より具体的で高度な資質を次のように要求している。

1)知識の領域では,教授法に関するPh.D.教育に関する修士号あるいは同等の経験があること。2)技術の領域では,エデュケーショナル・リーダーシップ,同僚へのメンター/コーチやコース・デザイン,インストラクショナル方略,評価方略があること。3)能力の領域では,柔軟性,順応性,忍耐力,創造性,指導力,率先力,持続性,情熱性,鳥瞰図的先見性,生涯学習者であることなど,より具体的かつ専門的な要求など,がそうである。

エデュケーショナル・コンサルタント

EDerに似た職種に,エデュケーショナル・コンサルタントがある。言葉のニュアンスからすれば,後者は個々の教員のコンサルティングに焦点を当てている。帝京大学高等教育開発センターとブリガムヤング大学(BYU)教育・学習センター共同によるエデュケーショナル・コンサルタント研修が開催された。全行程に出席し,ポートフォリオを提出して,BYU教育・学習センターで承認されれば,エデュケーショナル・コンサルタントの「認定書」が授与された。

コンサルタントという表現はビジネス的なニュアンスが強いが,BYU研修におけるコンサルタントは,むしろ,「メンターリング」に近いものであった。そこではクライアント(教員)からの悩み相談を「傾聴」するところに重点が置かれた。

メンターと言えば,目上の人から専門的な助言を受ける「トップダウン」的なイメージが強い。しかし,ティーチング・ポートフォリオなどのメンターリングの場合,「傾聴」することが重視される。

おわりに

EDerを養成する専門職大学院の設置が望まれるが,上図の説明からもわかるように,どのような「資質」が望ましいかを鑑みれば,必ずしも,大学院に行かなくても現職の教員や職員のままで,EDerとして養成することができると考えている。アメリカ(POD)やカナダ(STLHE)のFD関連学会では,一週間程度のEDerのための集中ワークショップを含む年次大会が開かれ,初任者研修などのほかに,前述の養成セミナーも数多く提供され,「資格認定書」が授与される。研修を継続し,経験を積み重ねることで,EDerとして成長することができる。

筆者の経験から,EDerの資質は,本来,多くの教職員に備わっている。その意味で,Educational Developer-ship(EDerとしての資質)という表現が的確かも知れない。なぜなら,接尾辞-shipには「資質」という意味合いが含まれているからである。したがって,教員の「悩み」や「ニーズ」を傾聴することが大前提となる。EDerは,自らの価値観を押し付けるのではなく,相手に考えさせ,一緒に考える柔軟な姿勢が求められる。オンラインでは,ハイブリッド型授業やハイフレックス型授業のように新しい教授法が導入されている。したがって,EDerの仕事は,常に最新の国内外情報にアクセスして,的確な情報を提供できる「ファミリードクター」のような存在であると個人的に考えている。

将来のEDerには,図書館関係者を含むことが不可欠となろう。図書館情報やIT関連の資質が欠かせなくなる。筆者は,「大学改革は図書館から」を持論としているので,これが実現すれば授業が飛躍的に改善すると考えている。詳細は,主体的学び研究所「『主体的学び』を促すゲーリー先生の”Connecting the Dots”コラム21「教養教育と図書館でわかる『大学の品格』」https://www.activellj.jp/?page_id=3236を参照。